酒と煙草

止められるか否か

煙草を止めるのに「禁煙外来」に通ったり 酒を止めるのに「断酒」の集りにでたりと苦労されている方は結構いらっしゃると思います
でも意外と簡単に出来そうです
煙草は止めてから20年少々 酒はまだそれ程ではありませんが 多分今の状況で酒はもう口にしないと思います
この方法が誰にでも当て嵌るとは考えませんが 「臭い」が切っ掛けになりました
だから 臭いを感じられなくなったら どうなのかは何とも謂えませんが 鼻からの臭いだけでなく 鼻や気管や喉を通るときに感覚から感じる「臭い」があると思うので その感覚を避ける為にも もう口にしないでしょう
止めたから どうなったかと謂えば 臭いから開放されたので 気分は良いです それだけです
他にこれといった効果はありませんが 助かります

識る悦びと気楽に話せる場としても談話室と寺子屋をご利用ください 談話室は成人を対象に週1回 寺子屋は学生を対象に随時開いております カテゴリー内の談話室と寺子屋も併せてご覧ください


新型コロナウィルス

報道に疑問

何が疑問かというと 報道されている内容と方法についてです
最近報道されるものには 過度な報道が可成りあって 例えば 事件性があれば 加害者や被害者の背景や性格や事件での手段に至るまで コレデモカと謂わんばかりの報道が繰り返し繰り返しされるのが 恒になっていて 人権無視のようでもあり 手段を細部にまで報道するから 真似てご覧なさいと謂っているようで 恐しいと感じていたのが 今回のウィルスに関しての報道では一変して そいういったものは ほとんど報道されず 不安を助長するようなものであったり 根拠が定かでない風聞であったりしたものが多かった
肝心なウィルス自体について 例えば 「新型」というのは他と比較してなにが異っているのか 感染力はどうなのか 各地域でのウィルスは同じものなのか それとも某かの変異が既に起きているのか といった情報があってもいいのに見当らないのは何故か
今迄の報道の仕方であれば 微に入り細に入り報道するのにそれがない
こうした分野だからかもしれないが もし そうならば そうした分野に長けた記者が居ないのを証明しているようなもので情けない

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不安な気持を煽らないで

愉しいものを想像したい

今のこの状況を考えるからこその想いです
外出自粛それは ある程度は理解できますが どれもこれも同じ判断でしないで戴き度い
いま 考えるのは 「命」なんです
それは一体なんでしょうか
安心して生活できるというのが前提ではないですか
この状況を打開するには どうするか
それは 自分も感染しているかもしれないと思って行動することではないかと思います
検査体制が不備なのは いろんな事情があるでしょう だからこそ そう考えて行動すれば 自分だけでなく他人も救われるのではないでしょうか
このウィルスの感染が今謂われているものならば ウィルスに触れないようにすれば なんとかなります
その為に
1.ウィルスを外に散らさない(マスクやハンカチを使っての 咳エチケット)
2.ウィルスが着いているかもしれないと思って 何かに触ったら(ドアノブやボタンや顔など 手や指で触れなとき)に 手を洗う
3.飛沫が飛んできそうな距離には近付かない(これが ソーシャルディスタンスィングで日本では2メートル)
これらを守って行動すれば 散歩するにしても 公園で運動するにしても 外出するにしても いいのではないでしょうか
ただ現状では この三つを守っている人は少ないように思われるのが残念です
報道もこの三点について もっと伝えるのがいいのではないでしょうか
そして 皆な気が沈んでいるでしょうから 不安を煽るような報道は止めて 愉しい話題を
でも ひょっとして 報道管制でも敷かれていて そうした報道はできないとか

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募集中止 -2020年度川越市市民講座前期-

担当課より連絡があり 今年度の前期分の市民講座が全て中止となりました
後期分については 様子をみながら判断するとの話でした
詳しくは 川越市のホームページや公民館などに発表されるようです
来年度に開けるよう期待しておきますが それまで私が無事なのかどうかは 判りません
この儘ですと 何時終息するのか 検査を含めて医療体制の充実を望みますが どこまで期待できるのかも不明です
個人の責任で 少くとも 他人に移さないように気を付けないといけませんが 今の体制では 自分が罹っているのか否かも 判らない状況ですので 罹ってるかもしれないと考えて行動するのがいいようです
それと 情報源を確かめて デマや怪しい報道などに騙されないようにして過しましょう
また こうした時期ですので 同じ方向を向きがちですが それが危険であるのは 過去の歴史が示しているので それにも注意しましょう
戦後から 戦前にならないように

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2020年度川越市民講座

募集予定

今年度は再び数学の話題を取り上げます
ひとつのテーマについて話すのではなくて 数学の中でどのような議論をしているのか
そのときにどのような事柄をどのように考えているのかといった点について話す予定です
問題を解く為に とか 何かの定理を証明するといった数学を紹介するのではなくて もっともっと元になっている事柄についての話しです
とは謂っても わたし自身が興味をもったものについてですから 当然ながら その範囲は限られます はっきり謂えば 確率や統計は除かれます この二つは わたしが考える数学の範疇とは少々異っているようにも思われるし 数学として捉えようとすると 準備が可成り必要となってしまいますから
募集自体は広報川越の5月1日号に紹介されますし 公民館や市民センターに資料が配布されますので それをご覧ください 講座名は「数学をたのしもう」です(当初 「数学はたのしいII」としましたが 前回の続きだと参加者が迷うのではないかと言われて代えました)

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酷いデマ

流されたデマ

デマの怖さを痛感している
デマで地域が滅びる それも いとも簡単に
騙されない その為には 情報源の確かさと 伝わってくる情報から判断するしかない
少くとも 情報源が明確でないものは アウト
情報の正確さは 言葉と文脈なり言い回しから判断するしかない 何処かに ?があったら それはデマと考えてみる そうしたものも一つの方法ではなかろうか
自分の知識と判断が結局は一番頼れるかもしれない
不確かな情報は無視するのが良いかもしれない
デマって ひょっとすると 「苛め」の一種なのかなぁ

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トイレットペーパーまでも

騙されて

残りの一巻きになったので 買いに出掛けたら 今度はトイレットペーパーが ゴッゾリと失くなっていた レジに並んでいると近くの人の話が耳に入り それによると マスクの原料(?)にトイレットペーパーの原料が使われるから トイレットペーパーが......
という話しらしい
でも 奇しいでしょ
トイレットペーパーの原料はパルプか再生紙
それに対して マスクの不織布はプロピロピレン
どこに共通するものがあるんですか?
明らかに デマであるのが解るのに......
情けないというより 本当に皆な馬鹿なのか! と疑いたくなってしまいます

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